読む時間

デザイナーの原研哉さんが、海外の古い趣ある建物と読書している人が写った風景の写真を添え、本を読んでいる人を見るとなんだか安心する、といった内容の呟きを、SNSに投稿していた。

読書する人の光景から伝わってくる、安らぎの感覚というのは分かるように思う。読書そのものが与えてくれるものを自分の経験から連想するのか、あるいは、そんな風にもう一つの世界に没入している、その人のゆとりや安心感が、この世界の穏やかさを担保しているからか。孤独と、繋がり。読書の姿にしかない空気感がある。

世界中の読書する人の写真を纏めた、『ON READING』という写真集がある。ハンガリー出身の写真家アンドレ・ケルテスの写真集で、日本語版だと「読む時間」という題がつけられている。いつだったか、図書館でたまたま見かけ、読んでいる人たちを捉えた写真というモチーフに惹かれ、また新装版の装幀も素敵だったことから、そのまま借りたことがあった。

時代としては少し昔、1915年から1970年にかけて撮影した、世界各地の読書する人が収められている。この写真集の解説では、「読む」という行為について、「きわめて個人的だが同時に普遍的でもある瞬間」と表現されている。写真のなかでは、一人で読んでいる人もいれば、寄り添うようにして読んでいる子供たちもいる。しかし、人々は皆、それぞれがそれぞれの道を通って、読書の世界に入り込んでいる。

写真だけでなく、読書する人が描かれた絵画もある。個人的には、ピーダ・イルステズやグウェン・ジョン、ハンマースホイの静けさの漂う室内画、モネが描いた屋外で読書する女性の絵などが浮かぶ。

ピーダ・イルステズ
本を読む少女 1908年

グウェン・ジョン
A Lady Reading 1911年 

ヴィルヘルム・ハンマースホイ
読書する若い男のいる室内 1898年

クロード・モネ
春 1872年

室内外の、読書する人たち。優しい光。本を読むという行為のなかにある、閉ざされている、と同時に、繋がっている、その個と世界の距離感が醸し出す暖かさと美しさがある。