明治の生まれで昭和に活躍した洋画家・東郷青児は、モダンな雰囲気で、デザインやイラストレーションのような画風ながら、日本的な叙情性も備えた美人画を多く描いた。
東郷は、若い頃、画家で詩人の竹久夢二が日本橋に開いた「港屋絵草紙店」で夢二の作品の写しを手伝っていた。
この辺りの関係性は色々と複雑なようで、夢二の妻だったたまきと東郷の関係を疑った夢二が、富山の海岸でたまきの腕を刺す、といった事件も起こしている。
実際に二人のあいだに関係があったかどうかは分からず、東郷青児自身、のちに否定している。ただ、いずれにせよ、彼の美人画には、夢二の影響も反映されていることは確かではないかと思う。

竹久夢二
雪の夜の伝説 1926年

東郷青児
望郷 1959年
大正ロマンを代表する竹久夢二と、昭和の時代に活躍し、長期のフランス留学など西洋の影響もいっそう深く受けている東郷青児では、多少の毛色の違いも見られる。一方で、描かれる女性に備わっている憂いや悲しみは、両者に共通した特徴と言えるように思う。
また、「憂いを帯びた美人画」という画風だけでなく、デザイン性が高く、商品的な価値として大衆的に人気となった点も共通している。
そして、そんな東郷青児のデザイン性を物語る上で欠かせないものの一つとして、「包装紙」が挙げられる。
ケーキなどの甘い洋菓子が纏う包み紙には、東郷青児デザインのものが多数あり、ファンは、お気に入りの紙を、手作りの封筒やしおり、ブックカバーにしたという話も残っている。
洋菓子の包装紙だけでなく、2007年に惜しまれつつも閉店した吉祥寺の老舗喫茶店「ボア」は、東郷青児がプロデュースし、店のロゴからケーキを入れる箱、包装紙、マッチデザインなど細部に至るまで手がけた。
この「ボア(BOIS)」というのは、フランス語で「森」を意味している。これは、東郷青児がフランスに留学したパリ郊外のブーローニュの森と、店の近くの井之頭公園の森を重ね合わせて名付けられた名前だと言う。

東郷青児「ボア」の包装紙

東郷青児「ボア」のケーキボックス
これらは、「ボア」で使用された東郷青児デザインの包装紙(上)やケーキボックス(下)で、文字通り、森がイメージされたデザインとなっている。
また、昭和35年から40年頃、ボアでは、ケーキの箱のおまけとして月代わりに12種類のしおりがつけられていたと言う。しおりには、東郷青児の絵が描かれ、全ての絵に「Bois」のロゴが入り、しおりの裏面には、ランボーやアポリネールといった詩人の名詩と、その詩に呼応するような店のキャッチコピーが載っていたそうだ。
東郷は、他にもたくさんの包装紙を手がけているが、どれも彼自身のスタイルは崩さずに、かつデザイン性の高さや、包まれる品物との調和が保たれている。

東郷青児、洋菓子店「フランセ」の包装紙

東郷青児、洋菓子店「フラマリオン」の包装紙

東郷青児、洋菓子店「成城アルプス」の包装紙
こういった包装紙や装丁などに関しては、野崎泉さん編の『東郷青児 蒼の詩 永遠の乙女たち』に詳しいが、どの包装紙の絵も、彼の画風やうっすらと漂う哀感と、デザイン性が、何一つ衝突することなく、一つの商品として結実している。
包み紙だけでなく、お菓子の缶や、自由が丘「モンブラン」のショッピングバッグなどにも東郷青児の絵が施され、芸術としてだけでなく、消費社会とも非常によく馴染んだことが伺える。
昭和の頃、彼のデザインが人気だったことから、よく似た“東郷青児風”のデザインも現れたそうだ。
