懐かしい日本の情景を描く、高橋松亭という新版画の画家がいる。松亭は、明治時代から昭和にかけての浮世絵師、版画家で、本名は松本勝太郎と言う。
明治の初めに浅草で生まれ、子どもの頃から日本画を学ぶと、15歳頃には宮内省の外事課に勤め、外国の勲章の写しや、役人の服などのデザインの仕事に携わるようになった。

高橋松亭『都南八景之内 大森新井宿』 1921年
また、教科書や雑誌、新聞などの挿絵も描いていたそうだ。その後、浮世絵の複製版画制作に関わった縁で、渡邊庄三郎と出会う。渡邊は、近代に入って衰退していた浮世絵文化を復興させたいと、「新版画運動」を提唱し、松亭も参加する。
渡邊版画店より販売された松亭の版画は、海外に輸出され、欧米でも人気となったようだ。
作品の主題に関しては、渡邊版画店の意向もあり、江戸時代の情緒が残る山水人物画が中心となった。渡邊庄三郎が目指したのは、かすれや滲みといった日本画特有の風合いを版画で再現することだったと言う。
渡邊の「新作版画(初期「松亭版画」)の趣は、派手さを抑えた渋い色彩を用い、木目の細かい繊細な描線による品の良い写実画となっている。
さらに、明治時代以降の西洋化が進んだ近代的風景ではなく、日本画の表現が最も効果的な江戸時代の情緒が残る、あるいは江戸時代そのものの風景や風俗、すなわち渡邊のいう「日本の特長ある山水人物が描写され、歌川広重の構図が意識的に採用されている。
清水久男『こころにしみるなつかしい日本の風景 近代の浮世絵師・高橋松亭の世界』
桜や雪、夜の月といった情緒的な風景に、うっすらと人物が描かれている。背中越しや傘に隠れた人物が多く、風景とともに一つの情景を表現している。
実際にはその時代を知らない自分でさえも郷愁を起こさせるような情緒的な光景が描き出されている。
また、松亭の絵は、川瀬巴水など他の新版画の画家と比べると、暮らしにより近いように思う。自然が主というよりも、そのなかで生きている人々の暮らしの温もりが漂っている。
