平松麻『雲Ⅳ』

平松麻
雲Ⅳ 2018年

平松麻ひらまつあささんは、油彩画をメインとして、挿絵や文筆も手掛ける画家で、その絵は、抽象的で心象風景のような側面もあり、また不思議と現実感も漂わせる。

もともと子供の頃から絵を描くのは好きだったものの、美大に通うなど画家になるための勉強をしてきたわけではなく、大人になってから本格的に絵に取り組み始めたそうだ。

彼女の絵のなかで、特に印象的な作品として、『雲IV』がある。これは、あの空を流れる雲であるとともに、雲というものの本質が指し示す何かのようにも思える。

平松さんの作品には、確かな実在感を持ちながらぽつんと漂っている雲が、ときおり描かれている。子供のときの平松さんには、常に動き続け、ないようであり、あるようでない、雲という存在に引き込まれ、「雲になりたい」という想いがあったと言う。

僕も中学生くらいの頃に、雲になりたい、という感覚があったから、余計にこの雲という存在がまるで一つの概念のように静かに浮いている絵に惹かれるのかもしれない。

ただ、抽象的と言っても、決して夢や想像の世界の産物ではなく、自身の描く絵の風景や題材について、平松さん自身、「お腹のあたりに確かに在るもの」という表現で説明している。

夢の中のものでも、湧いてくるものでもないんです。自分の体の中、お腹のあたりに土地が広がっていて、そこはいつも曇り空で、重たい雲があって、土があって、砂利があったり、たまに沼があったり、椅子とか、建物とか家具とか……。そういうものが、“ある”んです。

とにかく「気配」がすごく“ある”。その「気配」は自分の感じる主観的なもので、外の世界では見えないこともなんとなくはわかっているけれど、でも確かに“ある”と思っている。

それで、私が“ある”と感じている「気配」を表現するのには、絵という手法がすごく合っていると思ったんです。

飛行機に乗って雲海を見ている時、あるいは旅に出てある風景に出会った時、「これ知っている」という瞬間があるんです。それはデジャヴではなくて、自分の体の中にあるものが、現実のその景色を通して「こういうことだったのか」と勢いづく。

もしかしたら私が中に抱えている景色は、私の思い込みではなくて実は外も内も一緒なんじゃないかなと思うから、絵を描いて確かめているようなところがあるかもしれません。

だから夢とかではなくて、すごく確かな実感をもって“ある”ものですね。あやふやな感じでも、ファンタジーでもない。“ある”という感じ。

「気配」を描く。画家・平松麻 展覧会開催記念インタビュー

絵の風景は、「頭」でこしらえたものではなく、「お腹のあたり」に在るもの。それは、想像の産物ではなく、自分の内側に確かに存在し、広がっている。“気配”として感じ取れるものであり、確かな実感を伴っている。

繊細な表現だなと思う。それはつまり、自分のなかに広がっている世界と、外側にある世界の一致点と言うべきか、その共通的な「何か」を、絵を通して確かめるように表現している、ということなのかもしれない。