レオン・ボンヴァンと浮世絵

19世紀半ばのフランスの画家、レオン・ボンヴァンは、どこか陰鬱さを漂わせたような、寂しげな植物の風景画や静物画を描いた。

画家本人に関する情報はほとんどないものの、存命中は認められなかった画家人生や、悲しい最期については伝わっている。

ボンヴァンは、画家としてすでに知られていた異母兄のフランソワからの影響以外は、ほぼ独学で絵を学んだ。水彩画を表現の場とし、宿屋の主人として生計を立てながら、家の近くの野花や風景など、身近な自然の美しさを絵にした。

しかし、結婚後、宿屋の経営が悪化。厳しい経済状況ゆえに、自身の水彩画を売ろうとパリに向かったものの、画商に断られ、絶望ゆえに、自ら死を選んだ。

そして、死後、残された作品が評価されることとなる(アメリカのウォルターズ美術館が、レオン・ボンヴァンの最大のコレクションを所蔵している)。

彼の作品に関しても、それほどはっきりしたことはわかっていない。ただ、日本の浮世絵の影響もあったのではないか、といった指摘もある。

ボンヴァンの絵の構図を見ると、植物が手前に大きく描かれ、背後にうっすらと人がいる、という光景など、歌川広重の作品と似ている面が見受けられる。

歌川広重
堀切の花菖蒲 1857年

レオン・ボンヴァン
Feverfew in front of a Landscape, Issy-les-Moulineaux(?) 1863年

浮世絵が、フランスの印象派に影響を与えていたことは知られている。当時の状況を鑑みても、ボンヴァンが浮世絵から、なにかしらの影響を受ける機会があっても不思議ではなかったようだ。

もしかしたら、印象派誕生前夜の当時無名だった仄暗い風景画家にも、その眼差しは発見をもたらしたのかもしれない。