吉田博
光る海 1926年
新版画の代表的な版画家の一人として知られる吉田博は、旅や登山を好み、雄大な山々や海外での異国情緒溢れるモチーフ、海の景色や川のような水辺の絵など、多様な風景を、柔らかで詩的な表現によって描写した。その一つ一つの景色は、まるでいつか見た夢の風景のように、儚く幻想的な美しさを湛えている。
彼の作品のなかで、光溢れる海の風景画として、瀬戸内海に並んで浮かぶ二隻の帆船と、遠く広がる海面に反射する光を描いた、『光る海』がある。
帆船と、余白のある海景。そして、その穏やかな海面に注がれる陽光が美しく、題名にある通り、「光る海」に焦点が当てられ、その光が、帆船と余白によって引き立てられている。吉田は、瀬戸内海を特に好み、船をチャーターして写生旅行に出掛けたそうだ。
瀬戸内海と帆船がモチーフの吉田博の作品で言えば、『帆船』のシリーズもある。この絵では、同じ板木を用いて摺によって色合いだけを変化させ、瀬戸内海に浮かぶ帆船という一つの視点において、様々な時間帯や気象を表現している。
描かれる光景は、〈朝〉〈午前〉〈午後〉〈霧〉〈夕〉〈夜〉の6種類で、一日の光や空気の繊細な変化が感じ取れる。
一枚一枚を見比べると、光の具合だけでなく、背景に映る他の船や、人々の営みの灯りなどの変化も見られ、たった一つの景色でも、無数の広がりが伝わってくる。