ヴィルヘルム・ハンマースホイ
若い樫の木 1907年
19 世紀後半から20世紀初頭にかけてのデンマークの画家ヴィルヘルム・ハンマースホイの絵に、『若い樫の木』という風景画がある。ハンマースホイは、長年忘れ去られていたものの、近年注目を集めている画家で、誰もいない室内や後ろ姿の妻の絵など、静寂や仄暗さを湛えた室内画が特徴として挙げられる。
一方で、ハンマースホイにとっての中心的な画題ではなかったものの、自然のある風景画も描き、珍しいものでは夏の青空が見られる作品もある。この『若い樫の木』も、ハンマースホイが手掛けた風景画の一つで、曇天模様の世界に、ぽつんと孤立したように、二本の若い樫の木が立っている。
なにやら意味ありげにも見える光景だが、特に象徴的なニュアンスを込めたわけでもなく、この風景が実際にあり、写実的に描いただけなのかもしれない。ただ、その樫の木は、草むらと曇り空という閉ざされた小さな舞台の上で、世界から切り離されているように見え、それゆえに単なる風景以上のものとしても伝わってくるように思う。抽象画、とまでは行かなくとも、樫の木であって、樫の木でないような、別の何かであるような雰囲気を纏っている。
平松麻さんという日本の現代の画家の作品に、『雲Ⅳ』(2018年)という題名の雲が地面の近くに浮かんでいる描写の絵がある。雲と名のつく題名で、確かに雲らしきものが描かれているものの、必ずしもあの空に浮かんでいる雲を描いているというだけでなく、雲と自分とのあいだに共有する、雲のような何か、が描かれているようにも思える。
ハンマースホイの『若い樫の木』も、そのぽつんと置かれた二本の樫の木に、樫の木でありながら、樫の木ではないもののような不思議な空気感が漂っていて、実在感がないゆえに、いっそう実在感が際立っている。そのせいかは分からないが、寂しいのに、どこか優しさもあるように思う。