ベルト・モリゾ『ゆりかご』

ベルト・モリゾ
ゆりかご 1872年

ベールに覆われたゆりかごのなかの赤ん坊の寝顔を、母親と思われる女性が静かに見守っている。フランスの印象派の画家ベルト・モリゾの代表作『ゆりかご』。母と子の親密な空間が、ゆりかごとベールによっていっそう深く伝わってくる。しかし、同時に、絵のなかの女性の眼差しには、どこか寂しげで複雑な感情が宿っているようにも見える。

ベルト・モリゾは、印象派のなかの数少ない女性画家で、モネやルノワールと比べると決して目立った存在ではないものの、当時開かれた計8回の印象派展のほとんどに出展している初期からの主要な印象派のメンバーだ。マネの絵のモデルとしても有名で、マネの描いた、三人の人物それぞれが無関心に配置された『バルコニー』の女性や、衣類の黒が印象的な『すみれの花束をつけたベルト・モリゾ』という肖像画で知られ、個人的にも、モリゾと言うと、この黒尽くめの肖像画のきりっとした女性が思い浮かぶ。

エドゥアール・マネ
すみれの花束をつけたベルト・モリゾ 1872年

モリゾの絵画は、時代的に女性が一人で気軽に外出できなかったという事情もあったものの、家庭的で身近な日常が数多く描かれ、自然の暖かい色に包まれている。しかし、『ゆりかご』は、初期の作品でモリゾ自身が家庭を持つ前とは言え、色合い的にも落ち着きがあり、また、描かれる女性の面持ちを見ると、必ずしも、現状への満足や幸福感を描いたとは言い切れないようにも思える。

この絵は、モリゾが31歳頃に描いた、第一回印象派展に出品された作品で、姉であるエドマと、生まれたばかりのエドマの娘がモデルになっている。モリゾとエドマの姉妹は、仲もよく、両親の理解や経済面において恵まれた家庭環境だったこともあり、子どもの頃から一緒に画家を目指してきた。しかし、エドマは、結婚や出産にあたって画家になる道を諦めざるを得なかった。女性が画家になる(まして結婚と両立させるなど)ということは難しい時代で、エドマにとっては、後ろ髪を引かれながらの選択だったのだろう。それはモリゾにとっても同じで、エドマが絵の道を諦めることへの悲しみを姉に伝えていたと言う。

もしかしたら、ゆりかごのなかの赤ん坊を眺めるエドマの眼差しには、我が子への愛情だけでなく、自身の選択に対する複雑な想いも入り混じり、また、画家モリゾも、その想いを汲み取っているがゆえに、画家の眼差しを投影した絵からも、優しさとともに、言葉にし難い感情が滲み出ているのかもしれない。

ちなみに、ベルト・モリゾも、その後マネの弟のウジェーヌと結婚し、娘も生まれている。制作に理解のあった夫ということもあり、モリゾは結婚や出産を経ても画家を続けることができたようだ。