ハンマースホイの画集

佐藤直樹、フェリックス・クレマー編
ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情 展覧会図録 2008年

ハンマースホイの絵を初めて観たのは、学生時代に行った国立西洋美術館での展覧会だった。上野を歩いていたときに、看板の告知にあった「静かなる詩情」という言葉と、雰囲気ある絵に惹かれて行くことにした。もうずいぶん前のことだから、あまり詳しくは覚えていない。ただ、そのとき彼の絵に一目惚れに近い感覚を抱いた。「静かなる詩情」という言葉にふさわしい絵だった。帰りには展覧会の図録も買った。

ヴィルヘルム・ハンマースホイは、19世紀後半から20世紀前半にかけてのデンマークの画家で、画家人生の当初はアカデミックからの批判もあったものの、後半生では高く評価されるようになった。しかし、没後急速に忘れ去られ、20世紀末頃から、また注目を集めているようだ。

ハンマースホイの絵には、直感的に惹かれるものがあり、控えめな色味や落ち着き、どこか地に足のついた寂しさが、心にちょうどぴったり重なるような気がした。誰もいない室内画という題材を好んだらしく、静かな部屋がよく描かれている。誰もいない部屋に、ハンマースホイは美しさを見たようだ。それは、かつては存在したであろう何か、という残された空白の世界の美しさなのかもしれない。もちろん、人物が描かれることもある。ただ、その場合も、後ろ姿や伏し目がちの女性など、人物としての存在感が、はっきりとは主張されない。モデルは妻のイーダであることが多いものの、夫婦という距離感も、ほとんど感じさせず、空間そのものに孤独感が漂っている。その孤独感が、観ているこちら側にとっても居心地がいいのかもしれない。風景画や建物を描いた絵もあるにはあるものの、通りには誰もいない。いつでも静寂の世界が広がっている。

ハンマースホイの画集としては、このときの展覧会図録が、つくりもよく、思い入れも相まって、個人的には大事で好きな一冊になっている。