鈴木春信『夜の梅』

江戸時代中期の浮世絵師、鈴木春信。彼の生涯について詳しくは分かっていないものの、浮世絵のなかでも、錦絵(多色刷り木版画)の誕生と発展に大きく寄与したと言われている。絵は、故事や古典を題材にしたものの他に、遊女や親子など暮らしのなかの人々の様子も多く描かれている。

個人的に好きな春信の作品は、梅の花が描かれた『夜の梅』。深い闇の黒と、灯りを持った着物の女性や、梅の花のコントラストが美しく、春信作品のなかでも、ひときわ印象に残る。この絵は、世界に二点しか現存していないと言う(ちなみに、春信の作品は、多くが国内になく、明治時代の頃の海外の日本絵画ブームの際に、ほとんどが流出してしまったそうだ)。

鈴木春信
夜の梅 1766年頃

また、秋の絵で言えば、『紅葉舞』も可憐で素敵だなと思う。紅葉の降り落ちるなかを、両手に傘を持って舞う様子が、幻想的でさえある。女性が、周囲と調和するように舞い踊っている。紅葉と馴染む、傘も可愛い。

鈴木春信
紅葉舞 江戸時代 18世紀 

それから、雪のなかで男女が相合傘をしている、『雪中相合傘』も惹きつけられる。「相合傘」の起源は江戸時代にあり、北斎漫画にも、馴染み深いあの相合傘の落書きが見られる。ただ、今の感覚からすれば、相合傘は青春の恋といった初々しい印象もあるものの、これは、心中しようとする男女を表現した演出らしく、それゆえか、重々しく複雑な心のありようや切なさが作品全体から漂ってくるようにも思える。

鈴木春信
雪中相合傘 1767年

また、ぱっと見で興味を惹かれる絵として、手紙のようなものを女性が燃やし、その煙に男性の姿が浮かび上がってくる『見立反魂香』がある。反魂香とは、中国の故事に由来した、焚くと死者の魂を呼び戻し、煙のなかにその者の姿を現すという伝説上の香を意味し、この絵は、その言葉がもととなった絵のようだ。ということは、煙に浮かぶ男性は、死者なのだろうか。女性は、手紙を燃やしながら、その姿を眺めている。

鈴木春信
見立反魂香 江戸時代 18世紀

春信の作品は、何気ない日常の光景も含め、描かれている女性たちが、皆おとぎの国や夢の世界にいる可愛らしい人形のようでありながら、確かにその世界に生きているような実在感もあり、その二面性が魅力的に映る。でも、その感覚は、あくまで現代から見たもので、もしかしたら、当時の人にとっては、もっと現実に近い距離感で捉えていたのかもしれない。広重や北斎の浮世絵も、その当時に人気だったという話を聞くと、受け取ったときの捉え方が、今とどんな風に違ったんだろうと思う。