ヴァロットンの木版画とボール

スイス出身の画家フェリックス・ヴァロットンの版画は、スタイリッシュなデザイン性が際立ち、どれも洗練されている。日本の情緒的な新版画の雰囲気とは別の格好よさがあるなと思う。

ヴァロットンは、1865年にスイスで生まれ、若い頃に画家を目指してパリに移った。画家人生の初期は肖像画を中心に描き、その後、日本の浮世絵の影響などもあり、木版画に取り組むようになったようだ。ヴァロットンの版画作品は、山々と月の描かれた風景画や、《楽器》の連作もおしゃれで、また男女が描かれ、男の背後に闇が広がっている《お金》という題名の作品も、タイトルの風刺的なニュアンスとともに余韻を感じさせる。

フェリックス・ヴァロットン
ユングフラウ 1892年

フェリックス・ヴァロットン
お金(アンティミテV) 1898年

ヴァロットンの木版画は、フランスだけでなくヨーロッパやアメリカでも話題となり、当初から評価は高かったそうだ。ただ、没後は忘れ去られ、現在でもそれほど広くは知られていない。その背景として、美術史の流れから取りこぼされたという事情もあったようだ。一応、絵画の流派としては「ナビ派」と括られるものの、その枠に収まりきらず、個性的で独立した存在ゆえに美術史のなかで語られることが少なかったということなのかもしれない。

ヴァロットンは、木版画から、途中で油彩画のほうに軸足を移し、その方面における作品の一つとしては、たとえば、ボールを追いかけている少女が描かれた『ボール』という絵がある。

フェリックス・ヴァロットン
ボール 1899年

赤いボールを追いかけている麦わら帽子をかぶった少女がいる。遠くに、大人と思われる二人の人影が見える。ただ、少女と、親なのか、二人の人物との距離はずいぶんと遠く、少女は、ボールを追いかけるうちに、その距離がだんだんと離れていっているように見える。ボールに追いつく頃には、大人たちの姿はもうないかもしれない。その不穏さや切なさが、不思議な魅力に繋がっている。